1.2008年世界同時不況時のトヨタの赤字問題について
2008年秋のリーマンブラザーズの破綻に端を発した世界同時不況は、「世界一の優良企業」ともてはやされていたトヨタの業績を急激に落とすこととなりました。直接的な原因は、世界同時不況による販売不振とリーマンショック後の急激な円高であるとされていますが、真の原因は以下の2点が挙げられます。
まず1つ目は、「トヨタ生産方式」そのものにあります。トヨタは徹底的にムダを排除することから確固たる生産方式を確立しましたが、ここで省けるムダというのは、部品や仕掛品などの半製品(工程内在庫)のことであって、完成品である自動車は例外でした。従って、「トヨタ生産方式」の適用範囲はあくまでも工場内だけであり、ディーラーまでをそれに含めていなかったために、工場内での作りすぎのムダは抑制できていましたが、ディーラーには在庫が溢れるという事態になったことが1つ目の原因として考えられます。
次に2つ目は、「北米工場の呪縛」です。具体的には、トヨタは当時GMと世界販売台数で競い合っており、北米で生産能力増強のための工場新設などの設備投資を積極的に進めていました。しかし、2008年秋の金融危機により北米での販売不振が深刻になり、現地生産だけで販売台数を上回る「過剰生産能力」状態に陥ってしまいました。特に設備投資を推し進めていた北米の生産拠点が大きなお荷物となりました。しかし、北米で工場建設する際に地元自治体の援助を受けていた経緯があったり、当時のトヨタの実権を握る豊田章一郎名誉会長が、豊田章男副社長への大政奉還をスムーズに運ぶために世界一にこだわったという“事情”などにより、本来であれば工場を閉鎖して生産余力をそぎ落とすことが必要であるのに、思うように実行できなかったことが2つ目の原因と考えられます。
このように、組織間(製造機能と販売機能)の連携不足やトップマネジメントの“事情、こだわり”で組織全体が振り回されるといった事は大企業でよく聞かれる問題であり、「世界一の優良企業」と考えられていたトヨタでも起こり得たという点は、非常に勉強になります。
2.JITの工程内在庫削減について
JITは「必要なものを、必要なときに、必要なだけ」という意味であり、この考えの通りに部品・製品を供給できれば「ムダ・ムラ・ムリ」がなくなり生産効率が向上するというものです。この時、これを実現するための手段として採用されている方式が「かんばん方式」と呼ばれるものです。このかんばんは、「前工程は売れた(引き取られた)分だけ、補充(生産)する」ということを念頭に、その情報伝達手段として仕掛けかんばんと引取りかんばんを使用するということです。また、サプライヤーにもこのかんばんを適用しています。これによりトヨタは作りすぎのムダを抑えて工程内在庫を削減しています。
しかし、ここで1つの懸念点が浮かび上がります。通常のサプライヤーであれば、どうしてもお客様に対して欠品を起こしたくないという理由からバッファとして少し余分に生産してしまうことが懸念されます。更にそれが、サプライヤーの階層に沿って連鎖的に生じる(ブルウィップ効果)とトータルとして大きな不良在庫を発生させてしまうことにつながります。ただしトヨタの場合は、基本的に事前に生産計画数の内示をサプライヤーに出しており、確実に内示していた計画数量は買い取ることを約束しています。このようなサプライヤーとの信頼関係のもと、作りすぎのムダがサプライチェーン全体にわたって発生しないようにしていると考えられます。
一方で、他のメーカーの場合はどうでしょうか。他のメーカーであれば下請けに対して内示での生産計画数量と実際の発注数量に差があることが多々あります。このようなことがあれば、サプライヤーから見れば毎回受注数量に差が生まれるだけでなく、内示された数量と実際数量とに差が生まれることが度々発生し、「お客様に欠品を起こしたくない」という心理から、内示情報に対してバッファとして余分に生産するインセンティブが働くことが考えられます。更にそれがサプライチェーン全体に波及しブルウィップ効果が生まれ、不良在庫の山が作られることにつながってしまいます。
従って、作りすぎのムダを排除するには、サプライチェーンの頂点に位置するメーカーがしっかりとサプライヤーの心理を鑑みた上で、徹底した管理と仕組み(トヨタの場合はTPS、特に内示情報の買取約束)を構築することが重要ではないでしょうか。このように、サプライチェーン全体にわたって、かんばん方式というハードの面だけではなく、ソフトの面の細部にまで配慮した“仕組み”がTPSの神髄であると考えられます。
<参考文献>
門田安弘(2006) 『トヨタ プロダクション システム -その理論と体系-』 ダイヤモンド社。