前回のコラム“ものづくり企業において重要なことpart.1 「ポジショニング戦略と組織能力」”と題して、ポジショニング(SP:Strategic Positioning)の戦略論と組織能力(OC:Organizational Capability)の戦略論の違いを説明しました。また、日本と欧米企業の戦略を比較しながら各戦略に立脚した表層の競争力と深層の競争力についても説明しました。今回のコラムでは、表層の競争力と深層の競争力における重点ポイントを考察することで、日本企業再興のヒントとしていきます。
1.深層の競争力における重要なこと
トヨタの2014年3月期の業績予測がマスコミ各社から発表された際、発表によると連結税引き前利益は2兆300億円とリーマン・ショック前の最高益の約8割まで改善するとのことでした。その原動力は5年で1兆5千億円に及ぶ原価改善です。アナリストなどによれば、その収益構造は、むしろリーマン・ショック前よりも改善されています。
これはどのようなことを表しているのでしょうか。日本企業は、元来から強みにしてきたJITや原価企画、日本的品質管理などの現場から生まれてきた深層の競争力が改善余地のないレベルにまで達してしまい、深層の競争力による差別化は困難な状況に陥ってしまったと考えていましたが、実はそうではないのかも知れません。何故ならば、日本企業の中でもトップクラスの深層の競争力を持ったトヨタでさえ、未だに原価改善余地があったためです。このように日本企業の組織能力にまだ伸ばすことのできる余地があるとするならば、この能力はじっくりと時間をかけた独自の組織ルーティンに立脚したものであるため、欧米企業から容易に模倣することができないことが考えられます。
しかし、なぜトヨタは改善余地のないレベルにまで達したと考えられていた組織能力を未だに伸ばし続けることができるのでしょうか。この理由について、豊田章男社長は「日本にいることこそ競争力である」と主張しています。トヨタは、製造業就労人口の8割が自動車関連で働く豊田市のことを「一般の社員一人一人が1千万円プレーヤーを目指す町」と呼んでいます(1億円でないところがポイント)。これは、全員が億万長者を求めるのではなく、あくまでも現場が主役である街づくり、企業づくり、ものづくりを行う重要さを説いた言葉です。トヨタを支えているのは現場から上がってくるボトムアップの提案であり、黙々と働き、環境変化に対応する組織の集積は海外では容易につくれないと考えられています。従って、トヨタは国内で年間300万台の生産を続ける方針であることも堅持しており、これを割り込むと競争力を保てなくなることにまで言及しています。
このトヨタの事例からは、日本企業特有の組織能力に立脚した競争力を養うためには、昨今急速に進展するグローバル化に惑わされず、組織能力を伸ばすことのできる国内にしっかりと軸足を置いた戦略が求められることが重要です。そして、国内であれば未だ日本企業の組織能力には改善余地があることを示しているのではないでしょうか。
従って、深層の競争力における重要なことは、国内にしっかりと軸足を置き、現状の延長線上において改善を重ねることによって、海外の競合が容易には模倣できない組織能力を積み上げていくことが重要であると考えられます。
2.表層の競争力における重要なこと
この表層の競争力が問題です。何故ならば、日本企業が不得意とするポジショニングの戦略の要素が強いためです。しかしながら、ポジショニングの戦略はマネジメントが意思決定さえすればすぐに実行できるため、方向性さえ間違えなければ容易に実行できるでしょう。
表層の競争力については、私は2つの戦法を提案したいとおもいます。一つ目は「桶狭間の戦法」、そして二つ目は「啄木鳥(きつつき)の戦法」です。
まず一つ目の「桶狭間の戦法」ですが、これはかの有名な戦国武将である織田信長が桶狭間の戦いで取った戦法のように、ある箇所を集中的に狙い打ちする戦法です。具体的には、日本企業が得意とするターゲット市場を絞り込み圧倒的な市場シェアを獲得することに注力することです。トヨタであれば北米と日本、ホンダであれば東南アジアと日本などが該当するでしょう。この時、他の劣勢である市場にはあまり経営資源を傾けず、シェアの目標を下げるか思い切って撤退を考え、経営資源を得意とする市場に集中させます。そして、得意とする市場を消費市場、そして不得意とする市場を生産市場として捉え、澄み分けることを行います。
では、日本企業が得意な市場とはどこでしょうか。これは勿論業種によっても変わりますが、年間所得額の層で見た時、「中の上市場」か「上の下市場」であると考えられます。あまりにも低所得層(例えば新興国市場)であれば日本製品は過剰品質であると捉えられることが多く、あまりにも高所得層(例えば先進国の一部の層)であれば、既に市場を強力におさえている競合企業(例えば、BMWやフェラーリ)がひしめいており、また市場が小さすぎるためです。従って、「中の上」か「上の下」の割合が多い市場が日本企業の得意とする市場であると考えられます。
また、このような市場はある程度、裕福な層が多いためニーズの履き違えさえしなければ、より高度で複雑な技術が必要な製品を求める傾向が低所得層の市場よりもあると考えられ、日本企業の組織能力に立脚した擦り合わせのものづくりが威力を発揮しやすいと推測できます。
次に二つ目の「啄木鳥の戦法」ですが、これは啄木鳥がエサを捕るときに、木の反対側をつついて虫を驚かせて穴から這い出させ、出てきたところを捕らえるという習性に目を付けた軍師・山本勘助が川中島の合戦時に武田信玄に進言した戦法です。これを具体的に現在の企業に当てはめてみると、日本企業が得意としていない下位市場(具体的には、低所得層の市場)に積極的に生産拠点や支援活動(例えば営業事務などの事務機能)を置き、現地の従業員を酷使するのではなく、手厚い待遇で雇用し続けることで、生活水準を向上させ、やがては日本企業が得意とする市場へ育て上げるのです。育てあげたところを今度は「桶狭間の戦法」で狙い打ちにします。そうすれば、当初から現地市場へ進出もしているため、現地ニーズも把握しているであろうし、商慣習や文化も把握しているはずであるため、リスクも少なくて済みます。
しかし、この時に注意すべきことは、下位市場に拠点を移す際に決して組織能力の源泉である機能は移管してはいけないということです。これをしてしまうと、折角築き上げてきた組織能力に裏打ちされた深層の競争力が失われてしまうからです。従って、日本企業の場合は、擦り合わせが不要な単純な生産工程か主要活動を支援する機能である事務機能(請求事務機能や受発注事務機能など)や基幹システム以外の情報システム機能などを移管することが良いと考えられます。
以上のように、表層の競争力においては、2つの戦法を組み合わせることによって、日本企業が本来得意とする市場を作りだしていくような戦略を立てることが重要であると考えられます。
<参考文献>
楠木建 (2010) 『ストーリーとしての競争戦略-優れた戦略の条件-』 東洋経済新報社
藤本隆宏(2001) 『生産マネジメント入門[Ⅰ] –生産システム編-』 日本経済新聞出版社
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クレイトン・クリステンセン (著), 玉田 俊平太 (監修), 伊豆原弓 (翻訳) (2007) 『イノベーションのジレンマ―(Harvard business school press) −技術革新が巨大企業を滅ぼすとき −』 増補改訂版 翔泳社
M.E.ポーター (著)・土岐 坤 (翻訳) (1985) 『競争優位の戦略-いかに高業績を持続させるか-』 ダイヤモンド社
ラリー・E・グレイナー(著)・藤田昭雄(訳) (1978) 「企業成長の“フシ”をどう乗り切るか」 『ハーバード・ビジネス・レビュー』